前回前々回の相続法改正の記事では,遺言書の保管制度や遺留分に関する記事を作成しました。

今回の記事は,この度の相続法改正によって新設された配偶者居住権及び配偶者短期居住権について解説を行います。

配偶者居住権の新設と新設の理由

改正相続法では,配偶者居住権について,以下のように規定しています。

第1028条

被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は,被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において,次の各号のいずれかに該当するときは,その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし,被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては,この限りでない。

  一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。

  二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。

相続が発生すると,相続人らによって遺産分割が行われ,被相続人の遺産を分割することになります。

この場合において,遺産の内訳が分割容易な金銭のみであれば簡単ですが,実際には,不動産等一つの物を複数の相続人で分け合う必要も生じます。

分割をするにあたっては,不動産を共有とするとその後の管理等が複雑になるため,不動産等を取得する者が他方の相続人に対し金銭を支払うことにより調整するか,或いは,遺産を換価して金銭化する方法をとることが一般的です。

ところが,遺産は,相続人が現に居住している居住建物のみで金融資産がない場合はどうなるでしょうか。

このような場合,配偶者等の相続人が現在住んでいる住居を売却をするわけにはいかない一方で,当該相続人が不動産を取得するためには多額の代償金を支払わないといけなくなります

特に,都心部においては不動産の価額が大きくなるため,代償金の額も高額になりがちです。

このような不都合を回避するために,今回の相続法改正においては,配偶者が相続以前と同様に家に住み続けられるように一定の要件の下で保護を与えることとされました。

配偶者居住権はどのような場合に成立するか

前掲の条文によれば,遺産分割時において,配偶者が配偶者居住権を取得するとの合意が成立した場合,または,配偶者居住権が遺贈された場合には,配偶者は配偶者居住権を取得すると定められています。

つまり,相続人全員の合意があるか,または,被相続人が遺言書を作成しそこで配偶者居住権の設定をした場合は,配偶者はかかる配偶者居住権の権利を取得することになります。

なお,相続開始時において,配偶者の居住建物が,被相続人と配偶者以外の者との共有状態であった場合には,かかる権利を取得することは出来ません。

なぜならば,配偶者居住権によって配偶者が手厚く保護される一方で,他の共有者は建物を利用できなくなってしまい,他の相続人にとってあまりに制約が大きくなるからです。

配偶者居住権はどのような権利で誰に対して主張できるのか

配偶者居住権が存在する場合,配偶者は,原則として,終身,遺産である居住建物に住むことが出来ます。

また,配偶者居住権は登記することができるとともに,登記をすれば相続人以外の者に対してもその存在を主張することができます。

したがって,ひとたび配偶者居住権が成立し登記をすれば,例えばその後に居住建物を購入した第三者が現れたとしても,当該配偶者は従前の住居に住み続けることができるのです。

配偶者居住権の評価方法と問題点

既に述べた通り,配偶者居住権が成立するためには,遺産分割協議において配偶者居住権が成立することを合意すること,または,遺言書によって配偶者居住権を創設することが必要です。

仮に,遺産分割協議によって配偶者居住権を設定する場合において,他の金融遺産等がある場合は,配偶者居住権の評価額がいくらであるかが問題になります。

この点,配偶者居住権の評価額については,法務省の資料によってその評価方法の一部について発表がなされているようです。

ただ,これらの評価は絶対的なものではなく,かつ,配偶者居住権は新たに創設された権利ですので,どのように評価されるかは事例の集積を待つ必要があります。

また,単純な所有権であれば不動産業者の査定書等を証拠として提出することにより,おおよその評価額がわかります。

しかし,配偶者居住権の場合は,単純な所有権とは異なり評価が難しいので,不動産業者の査定をとることができない場合も増えると思います。

したがって,配偶者居住権の評価額をどのように算定し,また,裏付けを行うかが今後の課題の一つになりそうです。

配偶者短期居住権とは

上述の通り,配偶者居住権は相続人間の遺産分割または被相続人による遺言書による指定がある場合には新たに権利が発生します。

これに対し,配偶者居住権が成立しない場合にも,発生する居住権があります。それが配偶者短期居住権というものです。

配偶者短期居住権は,下記の通り規定されています。

第1037条

 配偶者は,被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には,次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める日までの間,その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の所有権を相続又は遺贈により取得した者(以下この節において「居住建物取得者」という。)に対し,居住建物について無償で使用する権利(居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては,その部分について無償で使用する権利。以下この節において「配偶者短期居住権」という。)を有する。ただし,配偶者が,相続開始の時において居住建物に係る配偶者居住権を取得したとき,又は第八百九十一条の規定に該当し若しくは廃除によってその相続権を失ったときは,この限りでない。

  一 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合 遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六箇月を経過する日いずれか遅い日

  二 前号に掲げる場合以外の場合 第三項の申入れの日から六箇月を経過する日

要するに,被相続人の遺産である建物について配偶者が現に居住している場合は,遺産分割日か相続開始から6か月までのいずれかの遅い期間は,配偶者が建物に無償で住み続けることが出来ることができるようになります。

なお,相続法改正前においても,被相続人と同居をしていた相続人は,被相続人の死亡後遺産分割終了までの期間無償で居住を続けることができる旨の判例が存在しました。今回の配偶者短期居住権は,上記判例を踏まえて制定されたものといえるでしょう。

終わりに

以上,配偶者居住権及び配偶者短期居住権について解説を行いました。

配偶者居住権及び配偶者短期居住権は,新たに創設された制度ですので,その内容を十分理解するとともに,今後の実務の運用や裁判所の判断事例等を注意深く見守る必要があります。

遺産が不動産のみである事例は少なくないので,そのような事例では配偶者居住権の制度を検討する価値が生じそうです。

東京都中野区所在の吉口総合法律事務所では,不動産の遺産分割等や,預貯金の使い込み,遺言無効,遺留分等の相続案件を重点的に取り扱っています。

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